大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和49年(ネ)1619号 判決 1976年4月06日

控訴人 宮本清

被控訴人 池袋信用組合

右訴訟代理人弁護士 堀場正直

同 堀場直道

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一、控訴人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

二、当事者双方の事実上、法律上の主張並びに証拠関係は左のとおり付加するほか原判決事実摘示と同一であるから、これをここに引用する。

1.控訴人の陳述(原判決事実摘示第二の七、(一)・(二)の主張についての敷衍)

控訴人は、結論において被控訴人と訴外正治幸隆との間の継続的金融取引契約につきそれによって生ずる同訴外人の債務を連帯保証する旨被控訴人に約した事実を認めるものであるが、以下のような特段の事情からその保証責任の範囲は被控訴人主張の主債務全額ではなく、合理的な範囲に制限されるべきものであることを主張するのである。

すなわち、控訴人は前記取引契約の約定書(甲第三号証)に保証人として署名したけれども、被控訴人と訴外正治との間の貸借の取引は別の機会に行なわれ、控訴人はそれに立会ってもいないし、その貸付額、利息等も全く知らされていない。後日聞いたところによれば、訴外正治の右借入れに際しては、訴外吉田達三から被控訴人に金七〇〇万円が預金され、そのうえ担保物件の差入れもあったというのであり、被控訴人が合計金五五〇万円もの多額の貸付をしたのはそれをあてにしたからこそであると思われる。他方、控訴人は当時公務員であって財産も殆んどなく、被控訴人に対して有していた預金債権(原判決別表番号1ないし8)は被控訴人の本訴請求債権の引当になっていて、被控訴人が訴外正治の連帯保証人になったといっても、支払能力はとうていその貸付額を担保できるものではなかったのである。それにもかかわらず、被控訴人は右正治に対する貸付金が回収不能になったとして(前記吉田差入れの担保がなぜ役立たなかったのかも知らされていない。)、本訴請求債権の引当に予定していた控訴人の前記預金債権を一方的に正治の債務に相殺充当し、自己に有利な処理をしてしまったのである。

右述の事情からすれば、控訴人の保証責任の範囲は被控訴人の正治に対する当初の貸付額一五〇万円のみに限定されて然るべきであり、これが信義則上妥当な解釈である。

2.被控訴人の陳述(右1の反論)

本件のような継続的金融取引契約においてその限度額及び期間を定めずに保証をしたような場合には、保証契約後相当期間を経過したのち、主債務者の資産、信用状態が保証契約当時の保証人の信頼、信用を破る程度に悪化し、これを知りながら債権者が保証人の意向を打診することなくあえて巨額の融資をしたような場合には、この巨額の融資については保証人の責任を制限されてもやむをえないが、然らざる場合においては特に保証人の責任を制限すべき合理的理由は存しない。

被控訴人と訴外正治との間の継続的金融取引の約定及び控訴人の連帯保証は昭和四四年一一月二七日のことであり、被控訴人はこれに基づいて同日金四〇〇万円の手形貸付をし、次いで同年一二月五日に金一五〇万円と金二〇〇万円の手形割引を行なったものであり、これが相当期間経過後の貸付でないのはもちろん、この僅かな間に主債務者正治の資産、信用状態が連帯保証人である控訴人の信頼、信用を破る程度に極度に悪化したということはありえないし、その貸付額自体も控訴人自身に対する貸付額一、〇〇〇万円に対比すれば特に巨額の融資ともいえない。控訴人は正治に対する貸付額その他の条件等をその都度知らされていないというが、債権者が保証人にそれを告知する義務はない。また、訴外吉田の預金七〇〇万円は正治や控訴人の債務と何ら関係がないし、他に担保物件の差入れがあったとしても、担保権実行前に連帯保証人の責任を追及することは何ら差支えないのであるから、この点も理由にならない。

要するに、本件において控訴人の保証責任の範囲を限定すべき何らの理由もないのであって、控訴人の主張は失当である。

理由

一、被控訴人主張の請求原因(一)の事実は、遅延損害金及び相殺に関する約定の点を除いて当事者間に争いがなく、成立について争いのない甲第一号証によれば、被控訴人と控訴人との間の継続的金融取引契約において、債務の履行を遅滞した場合の遅延損害金を日歩七銭とする旨、またその場合には、控訴人の被控訴人に対する預金その他の債権が一切弁済期に至ったものとみなして、通知を要せずして被控訴人の控訴人に対する債権と相殺することができる旨それぞれ約定されている事実を認めることができる。

しかして、右取引契約に基づいて被控訴人が控訴人に貸付けた金一、〇〇〇万円(昭和四四年八月二二日貸付、弁済期同年九月一五日)につき、控訴人から昭和四四年九月一日に金三〇〇万円、昭和四七年二月二六日に金七七万〇、四〇六円、昭和四八年五月二五日に金三、七四〇円の各内金の返済があった事実は当事者間に争いがなく、そうすると、右貸金残額は金六二二万五、八五四円であり、被控訴人は控訴人に対し右金六二二万五、八五四円とこれに対するその弁済期後の昭和四五年四月一日から完済まで日歩七銭の割合による約定遅延損害金の支払を求めうべきことになる。

二、そこで、控訴人の弁済の抗弁について検討するに、控訴人が被控訴人に対し原判決別表記載のとおり昭和四四年一〇月二七日現在番号1の定期預金債権を、また、昭和四五年二月六日現在番号2ないし8の定期預金又は積金の債権を有していたことは当事者間に争いがなく、控訴人は右の番号1ないし8の定期預金又は積金の払戻元利金六七五万四、三五八円の払戻を受けてこれを前項の被控訴人の控訴人に対する貸金債権残額金六二二万五、八五四円(以下本件貸金債権残額という。)に弁済充当したと主張するのである。

(一)これに対して被控訴人は、右弁済の抗弁を争い、まず番号1の払戻元利金七九万八、六五五円は昭和四四年一〇月二七日控訴人に払戻され、(これが一旦控訴人に払戻されたことは争いがない。)その一部金五〇万円は同日番号8の定期預金として改めて被控訴人に預金された(従って、同日以降昭和四五年二月六日現在までの控訴人の定期預金又は積金の債権は番号2ないし8のみである。)と主張する。

そして、成立について争いのない乙第二号証、原審証人大柳富家の証言によって成立を認めることができる甲第九号証、第一一号証と右証言によれば、番号1の払戻元利金については右被控訴人主張のとおり同日その一部金五〇万円が番号8の定期預金に振替えられ、残金二九万八、六五五円は控訴人が現金で持帰った事実が認められ、控訴人主張のようにこれが本件貸金債権残額に弁済充当された事実を認めるに足りない。乙第一号証は控訴人自身の書いた書面であって、右抗弁事実を証明する資料として適当でなく、原審における控訴人本人尋問の結果もそれを肯認するには足りない。

(二)しかして、昭和四五年二月六日現在控訴人が被控訴人に対して有していた定期預金又は積金は番号2ないし8であり、その元利金合計額は金五九五万五、七〇三円であるところ、控訴人は同日右元利金の払戻をうけて、これを本件借用金の返済にあてたと抗争するが、この点に関する原審における控訴人本人尋問の結果は措信しがたく、乙第一号証はその資料たりえぬことは前述の通りであり、他に右の抗弁事実を認めるに足りる証拠はない。

(三)かえって右の昭和四五年二月六日現在の控訴人の定期預金、積金の元利合計金五九五万五、七〇三円は、被控訴人主張の通り、次のように処理された事実が認められる。

すなわち成立に争いのない甲第三号証、前掲甲第一一号証、原審証人大柳富家の証言とこれによりいずれも真正に成立したものと認められる甲第五ないし第七号証、甲第八号証の二・三、甲第九、第一〇号証とによれば、(1)被控訴人は昭和四四年一一月二七日訴外正治幸隆との間で控訴人についての請求原因(一)と同様の継続的金融取引契約を締結し、それによって生ずる右正治の債務を控訴人が連帯保証し、被控訴人は右取引契約に基づいて正治に対し同日手形貸付の方法により金四〇〇万円(弁済期同年一二月二二日)を、同年一二月五日手形割引の方法により金一五〇万円(弁済期昭和四五年一月二五日)を夫々貸付けた。(2)また、被控訴人には、控訴人との間の前記継続的金融取引契約に基づいて控訴人に貸付けた貸金の元金七〇〇万円につき、昭和四五年二月六日までの利息金二五万六、二〇〇円が残存している。そこで被控訴人は同日右取引契約の約定に基づき控訴人に対する右(1)・(2)の各債権(ただし、(1)は保証債務)の合計金五七五万六、二〇〇円と控訴人の被控訴人に対する前記番号2ないし8の元利金五九五万五、七〇三円とを対当額で相殺する旨意思表示し、これにより前記定期預金、積金の元利金はその限度で消滅し、差引き、金一九万九、五〇三円を残すのみとなり、ついで右金一九万九、五〇三円の預金残は同日控訴人名義の三か月満期の定期預金に振替えられ、その後本件貸金債権に対する昭和四七年二月二六日の弁済金七七万〇、四〇六円の一部に当てられた事実が認められる。

以上の次第であって、控訴人の番号1ないし8の払戻金をもってする弁済の抗弁はすべて採用することができない。

三、最後に、控訴人は、取引の限度額及び期間の定めのない被控訴人と訴外正治との間の前記継続的金融取引契約につき、それによって生ずる債務を連帯保証した控訴人の保証責任は合理的な範囲に制限されるべきである旨主張する。

なるほど、右のような金額及び期間の定めがない将来生ずべき債務の保証契約において、相当期間の経過或は保証人と主債務者との間の信頼関係阻害等相当の理由がある場合に、債権者が信義則上看過できない損害を蒙るような特別の場合を除いて、保証人がこれを一方的に解約申入れすることができると解されているほか、場合によっては更に右解約申入れの方法とは別に、当該取引契約につき保証契約をするに至った事由、取引或は主債務増加の事情その他一切の事情をも参酌して右保証責任の範囲を合理的なものに制限するのが信義則上相当と認められる場合のありうることを是認しないわけではないけれども、前示一項の事実関係と甲第一号証によれば、控訴人も被控訴人との間で同様限度額及び期間の定めのない継続的金融取引契約を締結し、その際訴外島本英雄を保証人として金一、〇〇〇万円を借受けた事実が認められるのであり、これと比較考量すれば、同様の取引契約において主債務者の正治が借受けた前示の合計金五五〇万円が保証責任の範囲として合理性を失した不当のものということはできず、しかも、右債務の発生が契約締結直後旬日の間のことであることからすれば、この僅かな間に主債務者の信用、資産状態が急激に悪化するなどのことも考えられない。その他控訴人の無資力、貸付額等の不知、担保物件の存在など控訴人の主張するところは、いずれも保証責任の範囲を制限すべき理由とするに足りない。従って、この点の控訴人の抗弁も採用することができない。

四、よって、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 室伏壮一郎 裁判官 小木曽競 深田源次)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例